日々の忙しさにかまけてやっつけシリーズ第?弾!

 

福島県の会津若松には、何とも謎めいた名前をもつ道祖神?があった。

 

それがこの、鎌倉時代に建立されたとされる由緒ある寺「興徳寺」に伝わ

る『おさすり地蔵』だっ!

 

このおさすり地蔵、観光情報によれば自分の体の悪いところと同じ部分を

さすると、その痛みを和らげてくれるという大変有難いご利益のお地蔵様

らしい。

こんな下らないHPに、それもネタとして掲載するためお地蔵様の写真を

撮るのもさすがに気が引けたため、写真は参道?入口にある提灯を夜に写

したものだ。

 

さてご利益は確かに有難そうだが、『おさすり地蔵』というネーミングか

らして、どうしても違う意味のサービスであったり、あるいはイヤらしい

器具を示す固有の名称のように聞こえてしまうのはなぜだろう?

 

これはやはり自分の脳みその病気のせいであるので、おさすり地蔵の頭を

さすって症状を緩和してもらった方がよいのだろうか?

 

さぁキミも、会津若松に行ったなら、おさすり地蔵をさすって自分の心の

病と真正面から向き合ってみないか?!

 

 

 

2015年の「謎」において、廃墟のオーラを纏うレストラン『高砂』を紹介

したが、今回それに勝るとも劣らない店を岩手県で発見した。

 

それがこの、北上市の駅前通りにあるラーメン屋『丹丹』だっ!

 

この丹丹、実は北上では人気のラーメン屋らしく、昼どきには店の前で並

んでいる人も居るほど。

 

名物は店の名前を冠した「丹丹メン」で、毒々しいまでに赤いスープが特

徴の辛みの効いたラーメン(写真は辛み少なめ)。しかも650円と安い!

 

がしかし、そんなインパクトのあるラーメンをも軽く凌ぐのが、この店の

あり様そのものなのだ。

 

ビニールの庇が破れるという表現を通り越して殆ど無くなってしまってい

るのは『高砂』と同様だが、驚きはこれだけではない。

 

常連と思しき客が多数座っているカウンターを横目に板敷の座敷に案内さ

れると、片隅に蚊取り線香が焚いてある。訪れたのは9月後半だったが、

令和の時代になっても未だ蚊の出るラーメン屋というのも珍しい。

 

この店によく通うという知人から「食後に栄養ドリンクがもらえる」とい

う情報を得ていたのだが、店内にはサービス終了の張り紙が。

ややガッカリするも、店のおばちゃん(店主の奥さん?)が「やめられな

いから!」と愛想よくテーブルに栄養ドリンクを置いて行く。しかも食後

ではなくラーメン着丼より早かった。果たして張り紙の意味は?

 

そして、何よりも強烈なのがこの店の店主。常に怒っていてカウンターの

中からは怒声が絶えない。

知人の話によれば、現在40代である彼が高校生のときから既に店主は怒っ

ていたとのこと。怒鳴り声もまた店の名物なのだとか。

 

さぁそこのドMなキミも、北上に行ったらこの丹丹のカウンターで、店主

の怒声を浴びながら恍惚の表情で辛いラーメンを啜ってみないか?!

 

 

 

「むらい」そして「十文字屋」に続いての、会津若松の名物ソースカツ丼

特集第3弾!

今度は会津若松市でも屈指の、ボリューミー且つ家庭的なソースカツ丼屋

をご紹介しよう。

 

それがこの、一見なんてことはない風情の「いとう食堂」だっ!

 

このいとう食堂、上部写真の左奥側に店舗入口があるのだが、暖簾をくぐ

ると細長い店内はカウンター席が7席ほどしかなく、このとき訪問したの

は昼12時ちょっと前だったにもかかわらず、先客ですべて席は埋まって

いる。

 

これはしばらく待たされるかなと思っていたところ、店員のおばちゃんが

出てきて、我々ともう一組の先客に対して店外について来るように言う。

近くに別店舗でもあるのか?と思いそれに従うと、おばちゃんは上部写真

右手前の方に曲がるとガラガラと「玄関」の扉を開けた。

 

玄関から中に入って廊下を横切ると、8畳と6畳ほどの和室が2つ連なっ

ている。どうやら、こちらは「いとう食堂」の店舗ではなく同じ棟の「伊

藤家」の自宅側らしい。内装や家具調度はテレビをはじめ普通の民家その

もの。

奥の方の和室では家族らしき一団が談笑しながら食事をしていたのだが、

あまりにも和室と馴染んでいるために、カツ丼を食いに来た先客なのか伊

藤家の家族(親族)が昼飯を食っているのか判然としない。

 

しかも気付けば、先ほど案内してくれたおばちゃんはいつの間にか姿を消

しており、どうしたものかと戸惑っていると、おもむろに手前の和室の襖

が開いて別のおばちゃんが注文を取りにきた。

何と!襖の奥は先ほどの「店側」のカウンターの裏=厨房と直結していた

のだ。

 

「家庭的」であることを売りにしている食堂は本朝に数あれど、「人んち

にお呼ばれしている」という雰囲気に於いて、この店を超えることはなか

なか難しいのではなかろうか。

 

さて肝心のカツ丼はというと、写真のメニュー表にもあるとおり、さすが

国産豚ロースを使っているだけあって、「むらい」に勝るとも劣らないほ

どの肉の厚さであるにも拘わらずダントツにやわらかい。

 

ただこれも国産肉である所以かも知れないが、「十文字屋」や「むらい」

と比べると肉全体としてのボリュームには少々欠けるため、ご飯を大盛に

してしまうと後半に白飯と上物とのバランスで苦しむことになる。

まぁ、大盛にするかどうかも含めて個人の裁量の範疇ではあるのだが。

 

さぁキミも、「むらい」「十文字屋」そして「いとう食堂」という会津若

松の3大ソースカツ丼を食して、会社の健康診断で去年よりも体重が3kg

増えたと医者から指摘されてみないか?!

(この記事は個人の感想であり、効果・効能を示すものではありません)

 

 

 

我々しがないサラリーマンにとっての心のオアシスといえば、そうコスパ

の良い居酒屋である。

 

がしかし、コスパが良いのを通り越して、むしろ拷問かと思えるほど盛り

の良い店が福島県にあった。

 

それがこの、会津若松市にある居酒屋『わきあいあい』だっ!

 

このわきあいあい、店主が根っからのプロレスファンということで、各プ

ロレス団体の選手も興行の際に訪れる店らしいのだが、想像を超えたデカ

盛りメニューが数多くラインナップされている。

 

まず目を引くのは通称「便器」と呼ばれる巨大な白い陶器の器に盛られた

@「海鮮わきあいあいサラダ」。写真では分かり難いが普通に取り分けて

最低でも7〜8人前は優にあろうかという物凄い量だ。

野菜の間に混じっている刺身だけでも通常の店なら刺し盛2人前以上はあ

るのではないだろうか。

 

そして次の写真がA「すごいいか下足天」とB「竹輪の磯部揚げ」なのだ

が、今にして思えばこの揚げ物を2品連続で注文してしまったあたりが終

わりの始まりであった。

Bに関しては3〜4本食ったあとの写真がこれなので、元々は一体何本の

竹輪を揚げているのだろうか?

 

何の予備知識もなくこの店を訪れたため、たった二人で@AおよびBに加

えて通常の店の3倍の量はあろうかという豚の角煮も注文してしまい、せっ

かく飲み放題コースにしたにも拘わらず、途中からは食うことに精一杯で

酒が殆ど飲めなかったことは言うまでもない。

 

注文しなかったから救われたものの、他にも2kgでたった1880円の若鶏唐

揚げや、約10人前の量があるという「スーパージャンボ納豆かき揚げ」の

ほか、未だ且つて2人しか完食したことがなく店主さえ「油で食えたもん

じゃない」という「めっちゃすげー天丼」など、この店のデカ盛り料理を

数えたら本当に枚挙に暇がない。

 

さぁキミも、会津若松でこの「わきあいあい」を訪れたなら、會津藩校の

什の掟(じゅうのおきて)よろしく『食えぬものは食えぬものです』と元

気に唱和してみないか!?

 

 

 

忙しさにかまけて急場凌ぎのやっつけネタシリーズ第二弾!

 

世の中には、似て非なるもの且つ、決して間違えてはイケナイものという

のがある。

 

そんな代表例が、このなかなか見掛けそうで見掛ける機会のない、「アク

セルとブレーキの踏み間違い」だっ!

 

この踏み間違い、今年6月に仕事をしていた青森県の某事業者の向かいで

たまたま起こったものだが、ご多聞に漏れず「高齢者」が運転する車が美

容室に突っ込んだ次第で、幸い重傷者等はなかった模様。

 

もちろんナマでこんな現場を目撃するのは初めてのことで、その日の青森

県のトップニュースになったことは言うまでもない。

 

我われ常人からすればアクセルとブレーキを間違えるなど、まるで洋式便

器とカレー皿を間違えるような感覚に思えるが、もっと年を取ればまた違

うものなのだろうか?

 

さぁキミも、アクセルとブレーキの踏み間違いのニュースを見たときは、

厄除けに石川ひとみと倉田まり子を見間違えたなどという昭和のアイドル

ネタを思い出して、令和の時代にほっこりしてみないか?!

 

 

 

世の中には、見た目とお題目とのギャップによってかえって嘘臭くなって

しまうものがある。

 

そんな代表例が、この会津若松にある「満山漆器店」兼、学習塾の「大町

個別教室」だっ!

 

この大町個別教室、確かにとても学習塾とは思えない趣きではあるが、そ

こは東北唯一の親藩・松平家を擁した会津若松、古き良き町の景観を保持

しようとする地元の意図や関係条例、そして漆器店だけではという切実な

事情もあるであろうからまぁ、そこまでは良しとしよう。

 

がしかし、遠目の写真で非常に見難いがガラス戸には「個別指導とeラー

ニングを組み合わせて」指導すると書いてある。

 

令和の世であっても「ならぬものはならぬものです!」と会津藩の伝統教

育をさせるのならまだしも、この江戸情緒を感じさせる古めかしい建物で

よもや「eラーニング」とは、何をどのようにしてeラーニングさせると

言うのだろう?!

 

もしもこれを西村晃水戸黄門の世界で例えるのなら「弥七と飛猿はweb

メラとドローンで代官の動向を監視してください、お銀はジェットバスで

自撮りしてインスタにUP!」と言うようなものである。

 

さぁキミも、この大町個別教室のeラーニングで朱子学やら陽明学、更に

は蘭学から学び直して、IT企業の社長を目指してみないか?!

 

 

 

ソースカツ丼特集?第二弾!

 

先月の「お食事処むらい」に勝るとも劣らない、豪快なカツ丼が会津若

松にはまだあるのだ。

 

それがこの、会津若松で最もメジャーと言っても過言ではない十文字屋

の『磐梯カツ丼』だっ!

 

この磐梯カツ丼、確かに肉の分厚さでは「むらい」のロースカツ丼に軍

配が上がるものの、大振りなロースカツがご飯の上に4段も重ねられて

おり、トンカツの量で言えばむしろ「むらい」を凌駕しているのではな

かろうか?

 

当然、普通盛りではカツに対してご飯の量が足りず、どうしても大盛り

を注文したくなる。(写真は普通盛り)

また、食べきれない人のためにカツが半分(2段)のミニカツ丼もある

のだが、それでもカツに対してご飯が足りなくなるのであろう。ミニカ

ツ丼大盛りなるメニューもあり、もはやワケが分からない。

 

なおこの十文字屋ではテイクアウト用の磐梯カツ丼や、カツ単品も購入

可能なので、どうしてもご飯が足りない場合は、家で思う存分飯を炊い

て自分だけのオリジナル磐梯カツ丼を創作することもできるぞ!

 

さぁキミも、会津若松に行ったなら、小原庄助さんよろしく身上(しん

しょう)潰すまでデカ盛りなソースカツ丼を食いまくってみないか?!

 

 

 

名物がソースカツ丼、あるいはソースカツ丼発祥の地を自負する地域は

全国津々浦々にあるが、正直ソースカツ丼と聞くと通常の卵とじカツ丼

の劣化版?原始版?というか、何かショボいイメージをこれまでは持っ

ていた。

 

がしかし、そんな我々の固定観念を軽く打ち砕く、何ともワイルド且つ

ゴージャスなソースカツ丼に出会った。

 

それがこの、福島県会津若松市にある「お食事処むらい」の「ロースカ

ツ丼(ソース)」だっ! (写真はライス大盛り)

 

このロースカツ丼、もはや写真だけで説明は要るまい。

恐らくこれまで食ってきたトンカツの中でも最厚ではないだろうか。

しかも、ただ厚いだけではない。この肉厚にして箸で切れる(箸で持ち

上げようとしただけで切れてしまう)ほどの柔らかさの上、適度に脂が

のったロース肉が実に美味いのだ。(※個人の感想を含みます。)

 

確かに1550円と少々お高めではあるが、このカツ丼だったらこの値段は

当然だろうと思えるほど質・量ともにクオリティーが高い。

普通盛りでは肉とごはんの量が釣り合わないため、ついついライス大盛

り(プラス50円)にするのだが、結果どうしても食い過ぎてしまう。

 

1つツッコミを入れるとすれば、こんなデカいカツだったら何も無理し

て丼に乗っけないでトンカツ定食でいいんじゃねーの?と思うのだが、

それを言うは野暮というものだろう。

 

さぁキミも、会津若松でこの「むらい」のロースカツ丼を食う前には、

サプリなどを飲んで血糖値の急激な上昇を抑える努力をしよう!

 

 

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キミは、野菜を食うことが体に良いことだと、盲目的に信じ込んではいな

いだろうか?

 

みのもんたや立川志の輔がテレビで言っていることなら正しいと無条件に

信じ、思考停止に陥っている中高年のようになってはいないだろうか?

 

今こそ目を覚まそう! 世の中にはそんな中高年の固定観念はおろか日本

健康医学会の常識をもあざ笑うかのような、いかにも体に悪そうな野菜メ

ニューがあるのだ。

 

それがこの、福島県耶麻郡西会津町の「道の駅にしあいづ」内にある食堂

「櫟(いちい)」の、その名も普通の「天丼」だっ!

 

この天丼、派手な見た目とは裏腹に、エビが1本入っている以外はすべて

の具材が野菜の天ぷらで構成されている。

両側に高く聳えているのはホウレン草の葉っぱ。その他もしめじ、ふきの

とう、紫芋など、すべて健康によさそうな旬の地元野菜ばかりだ。

 

がしかし、丼の上に屹立させるために衣を厚く纏わせているせいか、ホウ

レン草は油を吸いまくっており、健康に良いはずの野菜なのに、なぜだか

体が本能的に拒絶しているようで箸が進まない。

 

否、ホウレン草ばかりではなく、しめじもふきのとうも、どれもカラっと

揚げられているにも拘わらず油をたんまりと吸っているのだ。ひと口食べ

るごとに紙ナプキンで口のまわりを拭うと、まるで自分の唇を揚げたので

はないかと見紛うほどの油が紙に付着する。

きっとこれは、少量の野菜を食いながらサラダ油をゴクゴク飲むのと同じ

行為をしているのだろう。

 

案の定、昼にこの天丼を食った後は夜までひどい胃もたれに襲われ、酒も

飲めずにパンシロンを飲んでホテルの自室でずっと横になっていたことを

付け加えておこう。

 

さぁキミも、西会津でこの天丼を完食して具合を悪くしたなら、テレビや

マスコミの欺瞞に改めて気づかされて、真のメディアリテラシーを身につ

けようではないか?!

 

 

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青森の出張先のホテルで朝ベッドから起きると、視界の上側が四半分ほど

黒く欠けていた。

ゲゲゲの鬼太郎でバックベアードが上空から降りてきた時みたいな感じ、

と言えば少しは分かりやすいだろうか?

 

昨年11月末、前述のような状態を約1ヶ月放置した後に掛かりつけの眼

科へ行ったところ網膜剥離と診断され、すぐに入院の支度をして東北大学

病院に向かうように言われて、その日の夜中に緊急手術と相成った。

 

そしてこれから語るのが、一般的にはあまり知られていない網膜剥離の手

術と入院生活の実態だっ!

 

まず手術の中身だが、その前に眼球の仕組みの話からせねばなるまい。

「硝子体(しょうしたい)」と呼ばれるゼリー状のいわゆる「目玉」の部

分があるが、これは加齢とともに水分が抜けて萎縮するのだそうだ。

そして、ある時を境に硝子体と網膜が離れる訳であるが、このときに萎縮

する硝子体に引っ張られる形で網膜が剥がれてしまうことがある。これが

網膜剥離で、特に近眼の人は網膜が薄くペラペラになっているため、剥離

し易いのだとか。

プロボクサーなどがパンチを食らった衝撃でなるのも同じ網膜剥離だが、

今回発症した主な要因は、強いて挙げれば加齢ということになる。

 

そこでまず、網膜を引っ張る元凶を除去するために、手術で硝子体を全部

取ってしまえと、そういうことらしい。

なお、硝子体摘出にあたって執刀医曰く「黒目が邪魔だから取る」「自分

の黒目に未練ある?」だそう。医者としては素人にも分かり易く言ったつ

もりなのだろうが、それにしても言い方が・・・。

 

摘出した硝子体の代わりとしてガスを封入し、そのガスの圧力で剥がれた

網膜を押し付けるのだが、ガスの上昇圧力が常に網膜に集中するように、

術後は常に顔を下向きにしていなければならない。寝るときも勿論うつ伏

せ寝必須とのこと。

 

通常であれば手術はこれだけなのだが、特に患者が若い場合や働き盛り世

代の場合には、再発時のリスクが大きいため、硝子体摘出に加えて、眼球

の周りに「バンド」を巻き付け、外側からはバンドの締付け圧力、中から

はガスの圧力で二重に網膜を抑え付けて効果を高めるそうで、今回はそれ

も実施することに。

 

かくして、当日予約が入っていた眼科患者の手術すべてが終わった後、午

後10時頃に漸く手術台に乗せられた。

目が閉じないよう「何かの」器具に顔をテープで固定され、助手らしき人

から「痛くて我慢できない時はこれを握って教えてください」と「何か」

を持たされた状態で手術開始。

 

手術開始予定時刻の数時間前から、一定時間おきに麻酔の目薬をさせられ

るのだが、これは謂わば麻酔を打つための麻酔のようなもの。

ご想像のとおり「本物の麻酔」は目玉に注射器をぶっ刺されるのだ。しか

もその痛みは目薬の麻酔程度ではゼロにならない。針を刺されてる感触が

丸わかりだ。痛みで声にならない叫び声を上げてしまう。

 

その後も激痛との闘いは続く。

麻酔だと言ってキ●タマに直接注射針をぶっ刺され、タマ袋を切開してキ

●タマを直接医者から握られる、そんなことが眼球の中で起こっているよ

うな痛みと言えば幾分なりとも伝わるだろうか?

これは絶対に全身麻酔で行なうべき手術だろうと一瞬冷静に考えるが、そ

んな冷静ささえも次の痛みで消し飛んでしまう。

 

堪えきれずに、先ほど持たされた「何か」を握ったところ、赤ちゃん用の

おもちゃで甲高い「プ〜!」という音が鳴るやつだった。

しかも、幾度か鳴らしてみたところで、

「はい、いま一番痛い所ですからねー(棒読み)」

「もう少しで終わりますよー(まだ終わらないけど)」

と執刀医もまるで動じない。

 

術後に担当医(執刀医とは別)曰く、バンドを巻く手術は目の周りの筋肉

(と神経)に直接触れるため、通常の手術よりも更に痛いのだとか。それ

ならそうと事前に言ってくれよと。

 

なお、痛みだけではなく、手術されている模様も「何となく」見える。

手術室が薄暗い上に、黒目(レンズ)も取り外されているので明確に見え

る訳ではないのだが、真っ暗い宇宙空間のような視界の中に手術器具が差

し込まれてくる様子などは何となく見えるし、最後の縫合に至っては自分

の目が今まさに縫われている状況があからさまに見える。

 

斯くして、約1時間半に及ぶ手術は終わるのだが、手術が終わっても術後

の痛みは丸二日ほど続くことになる。

激痛で思わず呻き声を上げて眠れないほどなのだが、語ると長くなるので

割愛の上、次は術後の入院生活の話に移ろう。

 

画像()でチェスの駒のごとく並べられているのはすべて目薬。

これをスケジュール表に従って1つずつ差して行くのだが、差し終わった

らその目薬のボトルをスケジュール表の次のコマに進めて、双六みたいに

して差し忘れがないようにする。

1つの目薬を差したら、次の目薬を差すまで約5分のインターバルを空け

る必要があるため、全7種類の目薬を差そうと思うとそれだけで最大30

分掛かる計算。それだけでひと仕事だ。

 

ちなみに一番下に写っているのは軟膏で、こんなもの自分で自分の目に塗

れる強者はそうそう居ないので、これだけは看護婦から塗ってもらわなけ

ればならない。

看護婦が病室に来てくれるまでの待ち時間や、時には忘れられていること

もあるため、そんな時は30分では済まないことになる。

 

目薬タイムは2時間おきだが、その他にも血圧と体温の検診、抗生物質な

ど飲み薬の配給、痛みやお通じをはじめ各種ヒアリングのための看護婦と

薬剤師の訪問、担当医の回診と執刀医の回診等イベントは盛沢山だ。

そんなことをしているとあっという間に食事の時間がやって来て、更にそ

の合間を縫うようにしての洗面・シャワーと、朝7時の起床から夜21時

の消灯まで殆ど暇らしい暇はない。

入院前は、点滴しながらただ横になってるだけだろうと軽い気持ちで考え

て、読書でもして暇を潰そうと本を幾冊も持ち込んだのだが、殆どはその

まま持ち帰ることに。

 

加えて、前述のとおり目薬の時間を除いては基本的に一日中下向きの姿勢

を維持しなければならず、夜もうつぶせ寝のためろくに眠ることもできや

しない。(夜中も看護婦がちゃんとうつ伏せ寝しているかチェックしに来

るレベル)

写真()のベッド中央に置かれている青い物体がうつ伏せ寝用に病院側で

誂えた「抱き枕」で、中身は医療器具の梱包材などを詰め込んだものなの

だが、いくら額だけ高く重ねた枕に乗せて呼吸が出来るとは言え、こんな

ものにしがみ付いた不自然な恰好で熟睡できる訳がない。。。

 

常に下向きのためテレビも当然見れないが、どうしても見たいときは直立

の姿勢になって上から見下ろすようにして見なければならない。結果「も

う見なくていいや」と妥協してしまう。

ネット動画に出てくるような看護婦とのエロいシチュエーションも、うつ

伏せ寝ではそもそも起こりようがないので、下向きというよりも生きるこ

とに後ろ向きになってしまいそうだ。

 

ちなみに硝子体の代わりに入れたガスは、徐々に水(体液)に入れ替わっ

て行くのだが、完全に入れ替わるまで約2週間ほど掛かかるため、それま

では退院しても自宅で下向き+うつ伏せ寝の生活は続く。

なお、ガスが抜けきる前の状態で正面を向くと、水とガスの境界面が視界

の中心で常に波のようにプカプカ揺らめく上、境界面に光が反射して日常

生活もままならないというのが、脳膜剥離の術後マメ知識なので憶えてお

こう。

 

さぁキミも、この網膜剥離の手術と入院生活を経験して、『痛みに耐えて

前向きに生きる』ことの本質を知ろうではないか!?